大津市在住の小説家・宮島未奈さん(42)の最新作「成瀬は都を駆け抜ける」が1日、発売された。我が道を突き進む主人公・成瀬あかりや友人、家族らを描いた青春小説のシリーズ3作目で、完結編となる。宮島さんに舞台を大津から京都に移した新作の見所や、今後について聞いた。(矢野彰)

原点「時代の空気感 文学に」
――今作の特徴は。
滋賀に住む大学生、成瀬あかりの京都大編です。前半3話は大学で出会う新キャラクター、後半の3話は既出のキャラクターを描いた。1作目は成瀬自身、2作目に成瀬の父の視点があり、今作に母の視点を入れるのは早いうちに決まった。母の心境と娘の成長、両方を書こうと思いました。
――宮島さん自身も通った京都大が舞台。個性的な学生や「哲学の道」(京都市左京区)が登場する。
私が住んでいた時代を反映したけど、20年前のこと。執筆中に京大のキャンパスを歩きました。劇的に変わってはいないと思い、割と当時の感覚のまま書いた。哲学の道も行きました。「狭いな」と感じたのを作中に反映しています。
――京大の先輩にあたる小説家・森見登美彦さんに関する描写も。
一度諦めた小説家を再び目指したきっかけが30歳代半ばの時、森見さんの「夜行」を読んだこと。
筆が進まない時期があり、「森見さんの世界をお借りしたらどうだろう」と書いたのが今作の2話目「実家が北白川」です。始めはかなり森見さんの文体に寄せたのですが、オマージュが過ぎないよう薄めました。森見さんの力で書けた感じがしています。「黒髪の乙女」というキャラクターを借りましたが、私の解釈なので「違う」と感じる方はご容赦ください。
――最終話に琵琶湖
が登場する。
京都と滋賀をつなぐものとして疏水があると気づき、最終的に滋賀に戻ってくる話にしようと思いました。舞台は京都でも、成瀬と滋賀は分けられず、根っこは滋賀にあるということです。
――成瀬シリーズは滋賀や大津にどんな影響を及ぼしたか。
及ぼしたとは思いません。私が書かなくても滋賀の魅力はそこにある。私の作品をきっかけに大津を訪れてくれる人がいて、でも、それを狙ったのでも、街おこしのため書いたのでもないです。
2020年8月に西武大津店が閉店した史実があり、そのまわりはフィクション。だから成瀬は一種の「歴史小説」です。その時の空気のようなものは、文学として書くことで残る。「書いておこう」と思った。そこが原点だと思います。
――3作目で「一休み」と言っていたが、本当に終わりなのか。
いつ書けなくなるかわからないし、元気なうちに終わらせたかった。ここで終わりと言っておけば、次書いても、書かなくてもいい。成瀬の進路に正解はなくて、私が書いたらつまらないし、みんなが想像してくれた方がいい。最初から3作で区切りとは決めていましたが、プロレスラーの引退と一緒で、また出てきたりするんです。今は「成瀬引退」だけど、先のことはわかりません。
――この間に「婚活マエストロ」と「それいけ!平安部」も書いた。今後の展開は。
成瀬は成瀬のキャラクター頼みですが、2作はみんなで話を作っていて、違った面白さがあります。成瀬以外もちゃんと書けたことは自信になりました。
今後はゆっくり書いていきます。進行形なのはギャルのお坊さんの話で、ミステリーや恋愛は多分書く。当分は成瀬を超えられないでしょうが、一生超えられないことはないとも思っています。
とりあえず、成瀬は出し切ってホッとしました。今作の舞台は京都が主ではありますが、滋賀に住み、皆さんと一緒に滋賀を愛する成瀬あかりというキャラクターを、県民の方々にも楽しんでいただければ。
みやじま・みな 静岡県富士市出身、大津市在住。京都大文学部卒。2021年に「ありがとう西武大津店」で「女による女のためのR―18文学賞」大賞などを受賞。23年に同作を含む「成瀬は天下を取りにいく」でデビューし、24年の本屋大賞を受賞した。続編の「成瀬は信じた道をいく」や、3作目の初版などシリーズ累計発行部数は180万部。来夏に舞台化され、大津市などで上演される予定となっている。
