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書状に見る 光秀の事績

近江八幡 近江との関係示す10点

光秀が聖衆来迎寺に宛てた寄進状(近江八幡市で)
光秀が聖衆来迎寺に宛てた寄進状(近江八幡市で)

 近江を中心とした明智光秀の事績を紹介する企画展「明智光秀と近江」が県立安土城考古博物館(近江八幡市)で開かれている。8月3日まで。

 光秀を巡っては、昨年2月に城主を務めた坂本城跡で約30メートルにわたって石垣が見つかった。また、同12月には大津市の
聖衆来迎寺しょうじゅらいこうじ
で1970年代から所在不明だった光秀の寄進状が再発見されるなど、関連する話題が相次いだことから、県立琵琶湖文化館(大津市)と共同で企画。約10点を公開している。

 安土城の築城開始から1年後の1577年9月に光秀が同寺に宛てた「明智光秀寄進状」では、仏を供養するために米を寄進する旨を伝えている。同寺の表門は光秀が坂本城の城門を移築したものとされ、光秀が寄進したとされる
梵鐘ぼんしょう
が所蔵されるなどゆかりが深い。

 また、光秀が草津市の観音寺に宛てた「明智光秀書状」(県指定文化財)では、琵琶湖の湖上水運を掌握していた同寺に対し、湖南市の三雲に向かう飛脚の道中の安全を依頼。近く信長が出陣するので心得てほしいとする内容となっている。

 県立安土城考古博物館の学芸員は「信長に関係する書状は多くあるが、光秀に関する書状は関係性を知られたくないのか少ない。近江と光秀の関わりを知ってもらえたら」と話している。

 月曜休館。問い合わせは同博物館(0748・46・2424)。

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[紹介元] YOMIURI ONLINE 書状に見る 光秀の事績