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伊賀上野地震 日野も被災 

防災意識高く 商人館緊急企画展

江戸期古文書「三百軒余家たをれ」

伊賀上野地震の記録を紹介する満田館長(日野町で)
伊賀上野地震の記録を紹介する満田館長(日野町で)

 気象庁が先月、南海トラフ地震の臨時情報を発表したことを受け、日野町大窪の近江日野商人館で、緊急企画展「近江日野に残る―安政巨大地震の引きがね『伊賀上野地震』の記録―」が開かれている。満田良順館長(77)は「過去の地震の記録を通じて身近な地域にも被害があったことを知り、防災意識を高めてほしい」と話す。23日まで。(中村総一郎)

 伊賀上野地震(1854年7月9日)は現在の三重県伊賀市付近を震源とするマグニチュード(M)7クラスの地震。三重、奈良、滋賀県などで被害が発生し、多くの死傷者が出た。安政東海地震(1854年12月23日)、安政南海地震(同年12月24日)より約5か月前に発生し、両地震の「前触れ」とも言われているという。

 緊急企画展では、日野町にあった西大路藩の藩医、森島柳元が江戸末期~明治初期に記した『森島永代日記』や、地元の庄屋だった増田伝蔵が記した『大字鎌掛文書』などに出てくる日野町の被害を紹介した。

 日野町でも死傷者が出たことを伝えているほか、「三百軒余家たをれ 破損数知れず」「地震ニヨリ井戸水所々冷水モ温クナル也」などと家屋の倒壊などについても記載。寺院の釣り鐘堂が潰れ、神社の鳥居が折れるなどしたとも記される。

 森島永代日記には、伊賀上野地震から2年後までに発生した余震が記録されており、満田館長が数えたところ、約290回の余震を確認。ほかに、伊賀上野地震で損壊した鳥居を今も使っている八幡神社(北畑)の石段や、地震で倒れて欠けた日吉神社(鎌掛)の石灯籠の写真も展示した。

 これらの古文書は満田館長が約50年前に調査。宮崎県沖で先月8日にM7・1の地震があり、気象庁が南海トラフ地震が発生する可能性が高まったとして、臨時情報を発表したのを機に緊急企画展を開催することにした。

 午前9時~午後4時。入館料は高校生以上300円、小中学生120円。期間中は月、火曜(16、23日を除く)と18日が休館。問い合わせは同館(0748・52・0007)。

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[紹介元] YOMIURI ONLINE 伊賀上野地震 日野も被災 

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